暑い暑いと不機嫌そうに歩く彼女の隣になぜ俺がいるのか、最近よく分からなくなってきていた。
髪をくくれと言えば跡がつくから嫌だと言い、髪を切ればいいと言えば伸ばしているから嫌だと言った。呆れたように頭を撫でれば猫のように目を細めて気持ちよさそうに撫でられる。先程から彼女がする俺の後輩で、彼女と同じクラスの財前光の話を相槌を打ちながら聞く。
アイスが食べたいと言い始める彼女に、家帰ってからな。と言えば、蔵ノ介お母さんみたい。と膨れられて苦笑いを零した。お母さん、ね。せめてお兄ちゃんとか、他の言い方はないのだろうか。我侭な彼女は、今も昔も俺の大切な人。




「全然、楽しくなかった。」



不意に彼女が落とした言葉を、無視することができずに横顔を見た。難しい顔の眉間には皺が寄せられ、女の子がそんな顔したらアカンよと言えば小さく笑う。蔵ノ介蔵ノ介と後ろを付いてきた彼女はいつの間にかこんな顔で笑うようになっていた。ずっと一緒にいたはずなのに。どうして気がつかないんだろう。



「楽しみにしとったやん。」

「だって財前君歩くの早い。どこ行きたいか全然聞いてくれないし。」

「…そこがええって言うてたやん。」

「そうだけど。 だって、蔵ノ介と全然違うんだもん。」

「 え」



日常会話で心臓が止まりそうなことを言ってのけるからタチが悪い。どうして、この子はこんなに破壊力の大きい言葉を吐き出してしまえるのだろうか。その答えは簡単で、分かりきったことにいつも絶望させられた。お母さんみたい。家族みたい。その言葉がどれだけ俺を傷つけているのか知らないのは彼女だけど、


勝手に振りまわって、勝手に傷ついているのは自分なのだ。



「じゃぁ、」




大きな声で鳴くセミの声が耳障りだった。彼女とこうしてこの声を聞くのは何度目だろうか。夏は暑いから嫌、冬は寒いから嫌。と言いながら、いつも隣を歩いていた。
髪をくくらない彼女に髪ゴムを渡してやるのも、マフラーを巻かない彼女にマフラーを貸すのも自分の役目だった。苦笑いしながら歩幅合わせて、でもそれが嬉しくて楽しくて、何よりも大切で。



「 俺のこと好きになればええやん」



だから、壊せなかったんだ






蝉時雨





20120223