「ちゃーん」 ああ、嫌な声が聞こえる。無視しよう。そう思いスタスタ歩き続ける。歩幅の差からあっという間に追いつかれて、「無視するなんてひっどーい。」といつもの締まりのない声が隣から聞こえる。派手なオレンジ色は嫌でも視界の端っこに引っかかった。 関わりたくない。めんどくさい。何度そう言ってもしつこくしつこく話しかけてくる。 千石清純は、女の子にモテる。 話しやすい軽いノリに人懐っこい性格。女の子扱いが上手くて成績もそこそこ。テニスが上手くて何より顔が整っている。 私は、こういう騒がしい人が苦手だ。人に愛されるタイプ。どこに行っても友達ができるタイプ。すぐに輪の中心になれるタイプ。共通の趣味があるとは思えない。 注目してくださいと言わんばかりに学校の廊下のど真ん中で話しかけてくる神経も理解できない。 「千石君」 「清純でいいって!」 「何か用事?」 「放課後暇?デートしようよ!学校の近くに美味しいクレープ屋さんがあってさ」 「部活は?」 「いいのいいの!南が頑張ってくれてるから!」 「お断りします。」 いくら断っても、邪険にしても「えーちゃん冷たーい。」と言いながら千石君は付いてくる。ある人はまたかという呆れた目で、またある人は千石君にしつこく絡まれる私を羨望のような嫉妬のような目で見てくる。そういう視線も私は苦手で。どこに行っても目立つ彼の派手なオレンジ色が疎ましくなってしまう。 黙って歩き続けても千石君は着いてくる。昼休みも終わりが近い。午後の授業はなんだっけ、と思いながら千石君はどこまで着いてくるのだろうと思った。 いつの間にか人のあまりこない特別棟に来てしまっていた。早く戻らなければ、と階段を降りると、千石君とばっちり目が合ってしまった。 「ちゃん、」 千石君が突然私の腕を掴んできた。驚いて立ち止まる。千石君はしつこいけれど触れられたのは初めてで、テニスのせいでマメだらけで固くなった掌が思いの外大きいことに驚いた。「なに、」と咄嗟に呟く私の顔を猫みたいな目がのぞき込んで、立ちすくむ。時間が止まってしまったみたいに固まってしまう。 「俺、結構本気なんだけどな。」 くしゃりと、情けない顔して笑う。 そういう表情は知らないから、ずるい。 ちょっとだけ、期待していた。 毎日懲りずに話しかけてくるから。私がどんなに邪険に扱っても、無視しても。勘違いが怖くて応えられなかった。私だけじゃない。特別じゃない。そうしないと傷つく。言い聞かせても止まらなかった。 「…廊下の真ん中で、大声で話しかけるのはやめて。」 「 ごめん」 「オフ、木曜日なんでしょ。木曜日の放課後なら大丈夫。あんまり南君を困らせたらダメだよ。」 「またね、千石君」と急いで階段を降りる。ドキドキしていた。振り返ると千石君がぽかんと口を開けて私を見ている。その表情に笑ってしまえば、照れたように千石君も笑う。 いつから、あのオレンジ色を無意識に探してしまうようになってしまったんだろうか。 |
もう、恋
20120217 お題はloathe様より