静かに泣いていた彼女は、やがて伏せていた顔を上げた。痛々しいくらいに目は腫れていたけれど、なぜかキレイだと思った。「ごめん」と小さくつぶやくその声に、聞こえないふりをしてハンカチを渡す。柔らかい日差しとは逆に、部屋の温度は冷たくて、寂しくて。彼女がこれ以上泣いてしまわないように沢山考えた言葉は一つも出てこない。 「どこが、好きだったの」 言葉を零してしまったのはほぼ無意識だった。吐き出したあとで彼女を傷つけてしまうのではないのかと不安になり、その顔を盗み見る。赤い両目は慈しむみたいに細められて、彼女の持つ空気は柔らかくなったのに痛々しくて、ああ、まだアイツのことが好きなのか。と思い知らされる。 腹の中に冷たいものが落ちるような感覚。見ていたいけれど、見ていたくなかった。 「やさしいところ」 ぼろっと、彼女の口から声が滑り落ちる。 柔らかい表情の目の奥はどこか寂しそうな、悲しそうな色で遠くを見つめる。 「かっこいいところ、繊細なところ、すごい歌を歌うところ、完璧主義なところ、音楽バカで、負けず嫌いで、すぐ無理しちゃうところ。落ち着いてて、でもいつも私のことを考えてくれて、嫉妬深いところ」 彼女が羅列していく言葉がだんだんと一ノ瀬トキヤを形作る。俺じゃダメだという現実を突きつけられているようで、聞いていることしかできなかった。冷たかった空気はやがて彼で飽和していっぱいになる。彼女の目にとどまっていた涙がもう1度溢れて、それが残酷なくらいキレイで、 抱きしめることができなかったのは勇気がなかったから。とかじゃない。そんなことしても無意味だと、分かってしまったからだ。 俺が見ているのは彼女だけど、彼女が見ているのは俺じゃないから。視線が交わることなんて今後一切ないのだ。 「 もう、全部過去になっちゃった。」 自嘲するみたいに、彼女は笑った。 幸せにするとか、俺のこと好きになってとか、伝えたいことは沢山あった。でも意味のある言葉なんて一つだってなかった。指先が震えそうなのを気づかれないように彼女の頭をポンポンと撫でる。 「ありがとね、音也。」と呟いた彼女の言葉を聞いて、こっち見てなんてそんな言葉言えなくて。 |
あなたは運命ではありません
(それでも君に触れたくてしょうがないんだ)
20111013 お題はis様より