疲れた体をベッドに投げ出す。長丁場のバラエティ番組の収録。頭と体が痛くて目を閉じると、目の奥までが痛くなった。体は疲れているはずなのに、眠ることができなかった。考えなければいけないことはとっくにキャパシティーを超えていて。でも時間なんてなくて。
忙しいということは幸せなことだ。代替品がいくらでも用意できるこの業界では、よっぽど才能と華やかさがあって、そして運が良くなければ生き残れない。だから必死で毎日を過ごした。消費されてしまうのが怖くて、自分のことで必死な毎日。


(…仕事、きっついなー…)



彼女と、喧嘩していることを思い出した。



きっかけなんて取るに足らない些細なもので、多分普段ならお互いに笑って許せるようなことだった。正常な判断ができないまま浮かぶ言葉をただ投げつけた。疲れている俺が吐いた言葉は簡単に彼女を傷つけて、疲れている彼女は簡単に傷ついた。
泣いてしまった彼女は、一言『ごめん』と呟いて部屋を出ていった。謝らなければいけないのは自分だと思いながら、それでも追いかけられなかった。プライド?試したかった?多分どっちも違うけれど、よく分からない。



消費されるのが怖かったのは、世間に対してだけではない。彼女がいつか、俺のことを好きではなくなってしまうことが怖かった。ひどく彼女に自分が執着していることに気づいて嫌になる。逃げられて当然。と思おうとしたけれどできなくて。ああ、彼女も俺を置いていなくなってしまうのかと失望した。投げ出した携帯電話で、簡単に繋がることはできるのだろう。もういらないと言われるのが怖くて、俺はそれをできずにいた。3週間までは数えていた連絡しない日々は、もう虚しくて数えていない。



「…そろそろ、会いたいよなぁ、」



発した言葉を返してくれる人はいない。明日、オフだからと連絡するのは都合が良すぎるだろうか。と思い寝返りをうつ。
ごめんの3文字を何度も打っては送れない自分が嫌になった。でも収録が始まれば笑わなければいけなくて、限界なのに吐き出し口が分からなくて、



思考を遮ったのは、インターフォンの音だった。時計を見ると21時で、まだ人が訪ねてくる許容範囲の時間ではあった。マネージャーか、同じ事務所の人間か。気は進まないけれど無視したら面倒なことになりそうなので起き上がる。たちくらみがして、自分が空腹なことに気がついた。







「 …?」


玄関先にいたのは、申し訳なさそうな顔をした彼女だった。機嫌を伺うような視線で俺を見ながら「ごめん。」と呟く。何日ぶりかも分からない俺が何も言わないので、黙ったまま下を向いてしまった。頬に触れるとびくりと肩を震わせる。
微かに温かくて、柔らかい頬に彼女が本物だということに安堵してそのまま抱きしめる。久しぶりの匂い。久しぶりの感触。緩んでしまいそうになる涙腺をどうにかしようとぐっと唇を噛み締める。


「音也」と自分を呼ぶ声が聞こえた。彼女がいなくならなかったことがどうしようもなく嬉しくて、全身の力が抜けそうになった。


「ごめん」と何度も繰り返すのをただ聞いていた。心地よく鼓膜を揺らす言葉。伝わる体温。
こういうのなんて言うんだっけ。共依存?学生時代ルームメイトだったトキヤに見られたら呆れられてしまいそうだ。そう思いながら抱きしめる腕を強くした。いつからか、俺は彼女のことを手放さないで良い方法を必死で考えてしまっている。








コンデンスミルクの浴槽

(君と二人で溺れてしまっている)





20120223 お題はis様より