倒れる、と思ったときはもう遅かった。最近寝てなかったからなぁとぼんやりと思いながら立っている努力をやめた。重力にしたがって、硬い床に体が傾く。私は意識を保つことを放棄した。遠くで私の名前を春歌ちゃんが呼ぶ声が聞こえた。心配させて申し訳無いな。と思う一方で、私が思い浮かべた顔は最近HAYATOの仕事で忙しいトキヤの顔だった。




ふと目を覚ますと、視界には真っ白な天井が広がっていた。どうして自分がそこにいるのか一瞬忘れそうになって、ああ、倒れたんだった。と冷静に思い出す。ぶつけたらしい後頭部が少し痛かったけれど、頭は随分とすっきりしていた。久しぶりの柔らかい布団の感触。ああ、でもまだ昨日作った曲の続きを書いていない。と思い返し起き上がろうとすると、「もう少し寝ていたらどうですか。」という声が降ってきた。私の知っているその声。



「 トキヤ?」


驚いて、慌てて起き上がると視界がぐらついた。どれくらい寝ていたかわからないけれど、部屋はすっかり暗くなっていた。トキヤはどれくらいこの暗い部屋で一緒にいてくれたのだろうか。


「…それで、昨日は何時に寝たんですか?」

「え、」

「一昨日は?」

「…えーっと、」

「食事はとってるんですか?音也が最近食堂であなたの姿を見ないと言っていました。」

「…あー」

「…どういう生活サイクルをしているんですかアナタは。」



苛立った表情を隠さずに彼は言った。「ごめんなさい」と謝ると沈黙が落ちる。怒られるのが嫌で俯くと、彼の大きな手のひらが頭の上に落ちてきた。ため息を付いた彼の表情を盗み見ると、少しクマがあって、トキヤも疲れていることが分かる。
「少し見ないうちに痩せましたね、」と呟いて私の腕をつかむ彼に戸惑って言葉が出なくなってしまう。人のこと言えないくせにという軽口を叩いたら、多分また怒らせてしまうだろうと口を噤むことしかできなかった。
伏せた目の長い睫毛。陶器みたいに白い肌。本当にキレイな顔をしているなぁと思いながら眺めていると不意にその顔が近づいてくる。



「…あの、ここ学校なんですけど」



ちゅ、と音を立てて唇が離れて、思わず口を塞いだ。「早乙女さんは今日生放送の収録なので、おそらく大丈夫です。」と平然と言ってのけるトキヤは穏やかな顔をしている。そういう問題じゃないと突っ込むことを諦めて俯いた。心臓がうるさい。頭が沸騰してしまいそうだ。トキヤのこういう突然の行動にはいつまでたっても慣れない。「いつも近くにいられたらいいのですが、しょうがないですね。」と私の頭を柔らかく撫でる。手懐けられる動物って、こういう気持ちなのだろうか。とトキヤに撫でられるといつも思う。
甘くて恥ずかしくてでも愛しい。トキヤといると嬉しくて切なくてドキドキしてしまう。


「今日は、私と夕食をとりましょう。」

「…はい。」

「夜も一緒に寝たほうがいいですか?」

「っ!それは、」

「冗談です。」



トキヤは、柔らかく笑う。
翻弄されている。でも私にはそれが愛しくて心地よくて、柔らかく抱きしめられて、心臓がさっきからうるさいけどこの感覚は嫌いじゃない。





桃色フィルター

(あなたといると幸せで頭がおかしくなりそう)











20120216 お題は発光様より